さようなら 高良茂さん

カテゴリー: レポートorエッセー
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沖縄の放送史上、一時代を築いたパーソナリティーの高良茂さんが亡くなりました。46歳という若さでした。死因は慢性腎不全。故人の意向で葬儀などは行わないそうです。

 

私が訃報を知ったのは、昨日の『琉球新報』夕刊(06年5月10日付)でした。私は、彼が人気者になったラジオ沖縄の番組『ぶっちぎりtonight』の担当ディレクターを通じて出会い、新聞記者のときから、会えば冗談交じりのおしゃべりを交わせる付き合いをさせてもらいました。

 

私が編集長を務めた『週刊レキオ』の創刊時、新人記者を高良さんのもとへインタビューに行かせたときの光景が、昨日のことのようによみがえります。

 

糞……が付くくらい真面目なタイプのその新人記者はインタビュー後、憤慨して社に戻ってきました。どうしたんだい?……と訊ねると、彼は顔を真っ赤にして口角泡を飛ばしました。

 

「高良さんって人、失礼ですよ。ご出身はどちらですか……って質問したら、なんて答えたと思います?」
「……………」
「虎の穴(タイガーマスクの出身拠点)、ですって!」

 

私は、高良さんの太い眉の下に光る、好奇心満々の挑発的な眼差しを思い浮かべて、腹を抱えて笑ったものでした。エネルギッシュな《風雲児》でした。

 

16年前の1990年に『ユリイカ』(青土社)の依頼で私が書いた「二つの沖縄 ニューウェーブの方言現象」の文章の一部を、仏前にお供えする花の代わりに……。

 

 

……「復帰世代」は、このようなシーンに立ち会うと、我が身に置き換え、背中をもぞもぞさせて恥ずかしがるのだ。
ところが、いまの若者たちはかなり違う。恐らく笑ってしまうだろう。彼らは、方言を、ポップな感覚で堂々と明るく普段使う。といっても、NHK語とのチャンポン(ウチナー大和口)や省略語、それらしい新語などが主流で、必ずしも正調の方言ではないのだが。
このような若者たちの現象を生み出してきた裏方たちは、一九六○年生まれの〈高良茂〉というDJが草分け的な存在だと筆者は思っている。
彼は、七、八年前、「ぶっちぎりtonight」という深夜のトーク番組で、「ウチナー大和口」を機関銃のように使って面白おかしくしゃべりまくり、中学生・高校生から爆発的な人気を得た………

 

 

私がいま、ラジオ沖縄でパーソナリティーを務めている「フレッシュモーニング」も、高良さんが一時期担当していました。ですから、実年齢は私の方が少し年上ですが、放送業界では先輩になります。

 

茂くん、お疲れ様。
番組の後輩として、「フレモニ」……の灯火は、しっかり守っていくからね。

 

ご冥福をお祈りいたします。



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