沖縄名物、危うし?

カテゴリー: フレモニ・ネタ(~07年4月5日)…終了
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沖縄名物かずかずあれど……ですが、ときどきエッセイなどで登場するのが「弁当」ですね。びっくりするほどボリュームたっぷりの「弁当」が、オフィス街をはじめ、正午前になると各地の沿道で売りに出されます。

 

その魅力はなにより、格段に安いこと!

 

最近のOLさんたちは健康志向が強かったり、舌が肥えているので、質の面でも、激しい競争が繰り広げられているようです。

 

ところが……。

 

先日の朝日新聞(07年2月6日付)によりますと、安くてボリュームたっぷりの「弁当」は、沖縄だけの「名物」ではなくなってきているようです。

 

記事のリードは次のように記しています。

 

「250円という激安価格を実現した弁当が売れている。徹底した合理化と仕入れルートの工夫により、おかずも御飯も量はたっぷり。京都で04年に始めた専門店は、今や6店舗を構えるまでに成長した。一方、名古屋のスーパーでは、経営が危ぶまれた店が立ち直る起爆剤となった」

 

そして、記事は、具体的に250円弁当の各地の様子を紹介し、本土における火付け役を捜し当てています。

 

その人物は、千葉県市川市を拠点に活躍する経営コンサルタント・渡辺一紀氏。

 

渡辺氏はこうコメントしています。

 

「消費者の高級志向が高まるなか、あえて安売りに挑戦したことが成功に結びついている。ただ、250円といえば、家庭で材料を買ってつくるより安い。採算が合うように事業化するのは簡単ではない。事業主のやる気次第だ」

 

ということは……。

 

沖縄名物の「弁当」も、こんな努力の積み重ねの成果なのでしょうか。

 

*07年2月13日のラジオ沖縄「フレッシュモーニング」で放送。



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「洋蘭博」会場に若者たちの情熱

カテゴリー: フレモニ・ネタ(~07年4月5日)…終了
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さて、先週末……土曜日の午後、ラジオ沖縄は、本部の海洋博公園から「出前放送」(中継放送)を行いましたけれども、私も同じ時刻に、海洋博会場におりました。

 

私は、熱帯ドリームセンターで開催中の「沖縄国際洋蘭博覧会」の仕事でお邪魔していたんですが……。

 

この洋蘭博は、1万2000点ものハイレベルの蘭が国内外から集められた国内最大規模のイベントです。毎年行われておりまして、今回で21回目を数えます。お客様も、国内外からいらしています。

 

その展示のなかで、「ぜひ、リスナーの皆さんに足を運んでいただきたいなぁ」と思った併設コーナーがありましたので、ご紹介させてください。

 

さて、悦子さん(ラジオ沖縄・屋良悦子アナウンサー)。野生蘭……という言葉を聞いたことがあると思うんですが……。ナゴランなどが、有名ですね。

 

日本には、野生蘭が、およそ270種あるそうです。

 

そのうち、沖縄にはなんと、およそ120種もあるんだそうです。

 

つまり、国土の1%といわれている沖縄に、およそ半分近くの、日本の野生蘭が自生しているんですよ。

 

沖縄はそれだけ自然が豊かだ……という見方もできるんですが、現状は、そんな呑気なことを言っていられないんですね。

 

沖縄の野生蘭のうち、9割が絶滅の危機にあるんです。乱獲と、乱開発のためです。

 

で、ここからが私、今回、感動したところなんですが……。

 

そんな危機的な現状のなかで、沖縄の野生蘭をなんとか守らなくては!……と頑張っている人たちがいます。

 

そのなかに、高校生たちがいるんですよ!

 

中部農林高校の園芸科学科・植物バイオ専攻の生徒さんたちと、北部農林高校の園芸工学科・生物工学コースの生徒さんたちがそれぞれ、種からの増殖によって、絶滅の危機を脱しようという取り組みをしているんです。

 

で、今回の洋蘭博では、初めて「沖縄の野生蘭展」を併設しまして、彼らの研究成果が初公開されています。

 

いうまでもないことですが、野生蘭には、地球が誕生して以来育まれてきた貴重な遺伝子がぎっしり、詰め込まれています。その「遺伝子の宝庫」「地球の財産」をなんとかして守ろうと立ち上がっている若者たちがいるんですね!

 

展示を拝見して、半端ではないんです、取り組みが!……私は感動しました。

 

もちろん、両校の取り組みに対して、熱帯ドリームセンターの研究者・スタッフたちが、もろもろの協力をしております。その協力関係が培われてきたからこそ、今回の「沖縄の野生蘭展」につながったということです。

 

ぜひ、洋蘭博へお出かけになって、若者たちの取り組みに触れていただきたいと思います。

 

洋蘭博ではその併設展のほかに、1月に新品種登録された蘭が、華々しく展示されています。

 

デンドロビウムという種類の蘭なんですが、世界登録された、その名前は、「アイ・ミヤザト」。

 

パステル調の色合で、優しい感じといいましょうか、和む感じの〈ちゅら蘭〉でした。

 

日本ハムのキャンプ見学や、カンヒザクラの花見と併せて、洋蘭博に、お出かけになってみてはいかがでしょうか。来週の連休・12日まで開催しています。

 

*07年2月5日のラジオ沖縄「フレッシュモーニング」で放送。

 

*写真は、1月に新品種登録された「アイ・ミヤザト」。クリックすると拡大します。チュラカーギーの蘭です。



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父の四十九日法要 ご報告ならびにご挨拶

カテゴリー: お知らせ
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このたび 父 辰次朗 永眠の際には 心のこもったご弔問 ご弔電 お供物などをご配慮くださいまして ありがたく厚くお礼を申し上げます
おかげさまで 本日(07年1月25日)
釈 建辰
七七忌の法要を営みました

 

喪主である母に代わりましてご挨拶申し上げます
本人の強い希望で病院から自宅に戻り 闘病生活を続けていた父は 昨年十二月十二日の夜 母の手を握りしめたまま 他界致しました
父を失ってみますと 師走の慌ただしい時期ではございましたが 時が逆行していくように 思い出が脳裏に過ぎり始めました それはまるで汗が噴き出すかのようで 父の存在がいかに大きかったかを改めて思い知ることとなりました
長男の私とは一緒によく山に登り 飯盒で飯を炊き 歴史や政治を語り合いました
次男とは 同じ理科系で美術を愛好していたこともあり 芸術論や技術論をテーマによく議論の花を咲かせたものです
正月三が日は 母のお節料理を肴に 父子三人で一升瓶を何本も転がすのが恒例でした
赤ら顔で人生を熱く語る父の横顔が つい昨日のことのように思い出されます
東京都庁退職後は 日本弁護士会アドバイザー 日本建築家協会顧問 矢崎総業株式会社技術顧問 昭和第一高等学校役員 埼玉大学非常勤講師等を務めました 最後の職となりました東京都紛争調停委員会では二十三区の会長を務め 平成十七年二月に辞しました
この間に 多くの皆様方に支えられて 父は幸せだったと思います
昨年七月十四日の誕生日に八十歳という節目を迎え 同年十一月十八日の結婚記念日は金婚式でした
府中から平塚に引っ越したときには 孫の成長を見守りながら大好きな歴史の勉強に打ち込み 絵画や彫刻などの趣味にも磨きを掛け 「息子夫婦たちと一緒に旨い酒を飲ませてくれる美味店を探すんだ」と張り切っていただけに 残念でなりません
私どもが遺骨を抱いて火葬場を後にしたとき、曇天の西空にそれまで姿を隠していた富士山が 霞を吹き払うようにして姿を現してくれました
感嘆の声が重なるなか

 

晴れてよし 曇りてよし 不二の山
元の姿は 変わらざりけり

 

という たしか山岡鉄舟作の短歌を教えてくれたのも父だったことを思い出しました

 

本来なら直接お目にかかり お礼を申し上げるところでございますが ここに謹んでご挨拶申し上げます

 

2001年1月25日

 

鈴木 孝史



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